ミッドセンチュリーを牽引したデザイナーたち
インテリア、家具、デザインのスタイルにはさまざまなものがありますが、今回はその中のひとつ「ミッドセンチュリー」について、その代表的なデザイナーを取り上げ、解説していきたいと思います。
- <ミッドセンチュリーとは?>
- <アメリカのミッドセンチュリーのデザイナー>
- <北欧のミッドセンチュリーのデザイナー>
- <日本のミッドセンチュリーのデザイナー>
- <ヨーロッパのミッドセンチュリーのデザイナー>
- <ミッドセンチュリー・モダンの魅力>
<ミッドセンチュリーとは?>
ミッドセンチュリー:言葉の定義
「ミッドセンチュリー」という言葉の意味は、「世紀の真ん中」という意味ですが、家具やインテリアをはじめとするデザインの分野で言われるミッドセンチュリーとは、「ミッドセンチュリー期のモダンデザイン」を意味するもので、ミッドセンチュリー・モダンあるいはミッドセンチュリー・スタイル、ミッドセンチュリー・デザインと呼ぶ方が正しいと言えるでしょう。
ミッドセンチュリー:時代背景
具体的な時代については、1950年代の前後10年を含む、1940年代から1960年代の期間ということになります。時代背景としては、1945年に第2次世界大戦が終了し、戦勝国であるアメリカは戦後経済においても大国となりました。そして、この時期に軍需技術として開発された成形合板やFRP(繊維強化プラスティック)など新しい技術が家具のデザイン、製造においても大きな役割を果たしました。
ミッドセンチュリー:デザインの特徴
ミッドセンチュリー・デザインの特徴は、この新しく開発された技術や素材を使って作られた曲線的なデザインや、ポップでモダンな色使いにあります。時代背景もありアメリカから始まったといえるミッドセンチュリー・デザインですが、北欧、ヨーロッパ、そして日本でもミッドセンチュリーの優れたデザインが生み出されました。
<アメリカのミッドセンチュリーのデザイナー>
ミッドセンチュリー・モダンを語る際の重要なキーワードとしてしばしば、「イームズ夫妻」、「ハーマンミラー社」の名があげられますが、ともにアメリカのザイナー、企業です。このことは、ミッドセンチュリー・モダンが、戦後のアメリカを中心とした産業の発展の中で生まれたデザインであることを物語っています。
チャールズ&レイ・イームズ(アメリカ / 1907–1978 / 1912–1988)
ミッドセンチュリー・デザインの代名詞とも言えるのがこのイームズ夫妻です。インテリアに興味のある人であれば、一度は耳にしたことがある名前ではないでしょうか。
クランブルックの美術アカデミーで出会った二人は、公私共にベストパートナーとなり、家具デザインに留まらず、写真、グラフィック、建築、プロダクトと多岐に渡る分野で才能を発揮しました。
チャールズは大戦中に新しい成型合板の技法を開発し、戦争が終わるとその技術を家具制作に応用し、夫妻で精力的にデザイン活動に取り組みました。イームズの特徴ともいえる曲線を生かしたデザインは、この成型合板の技術が可能にしたものだったのです。
イームズ夫妻の生み出す斬新でスタイリッシュなデザインは、当時の業界、人々に衝撃を与えました。イームズ・デザインの誕生は、家具のみならずデザイン史上における革命とも言えます。
イームズの代表作と言われる家具には、「プラスティックシェルチェア」、「ワイヤーメッシュチェア」、「プライウッドチェア」、「ラウンジチェア&オットマン」、「アルミナムグループ」、「ハングイットオール」などがあげられますが、これらは現在もハーマンミラー社より販売されています。
ジョージ・ネルソン(アメリカ / 1908-1986)
コネチカット州で生まれたジョージ・ネルソンは建築家としてキャリアをスタートしましたが、家具デザインをはじめ、マルチに才能を開花させました。
代表作のひとつである「ストレージウォール」は、当時「ライフ」誌に取り上げられると大きな評判を呼びました。これがきっかけとなり、ハーマンミラー社に初代デザインディレクターとして招き入れられました。現在あるシステム収納やウォールユニットと呼ばれるものも、元をたどればネルソンの「ストレージウォール」につながると言えるかもしれません。
ミッドセンチュリー期のハーマンミラー社からは、イームズ、アレキサンダー・ジラード、イサム・ノグチなど名だたるデザイナーによる家具が発表されていますが、彼らの才能を見出し同社へ紹介したのもジョージ・ネルソンで、これがハーマンミラー社の発展に大きく貢献したと言われています。
ココナッツの殻に着想を得た「ココナッツチェア」やユーモアあふれるポップな「マシュマロチェア」もミッドセンチュリーを代表する作品です。ネルソンの「プラットフォームベンチ」、「スワッグレッグデスク」、「エンドテーブル」は、現代にも通じる普遍的な要素があるデザインとなっています。
エーロ・サーリネン(アメリカ / 1910-1961)
フィンランドで生まれ13歳でアメリカに移住したエーロ・サーリネンは、建築家として素晴らしい功績を残しましたが、家具やプロダクトのデザイナーとしても活躍しました。
クランブルック美術アカデミーでイームズ夫妻と出会い、共同で制作を行い、ニューヨーク近代美術館主催の「オーガニックデザインコンペ」に出品しました。成形合板を使用した机、椅子、棚は、6部門中2部門での優勝を果たしました。
サーリネンの代表作としては、「チューリップチェア」、「ウームチェア」が有名です。
アレキサンダー・ジラード(アメリカ / 1907-1993)
ニューヨークで生まれたアレキサンダー・ジラードもまた、建築を専門としながら幅広い分野で活躍したミッドセンチュリーのデザイナーの一人です。ニューヨークのレストラン、ラ・フォンダ・デル・ソルのインテリアデザインで注目を集め、ブラニフ航空にはロゴから家具までトータルデザインを提供しました。
また、テキスタイルデザインにおける彼の活躍は広く知られるところです。ハーマンミラー社で新しく設立したテキスタイル部門のディレクターに就任し、これまでにないカラフルな色使いやポップな幾何学模様のデザインのファブリックを数多く生み出しました。
イサム・ノグチ(アメリカ / 1904-1988)
日系人であるイサム・ノグチは優れた彫刻家であり、日本国内にも大阪万博公園の噴水をはじめ、多くの彫刻作品を残しています。彼もまたひとつの枠に収まらず、家具、陶芸、建築、演劇舞台美術と多彩な分野で才能を発揮しました。
戦後、ジョージ・ネルソンに依頼され「ノグチ・テーブル」の制作を行い、家具、インテリアの分野に乗り出しました。
また、ユネスコ本部の日本庭園に香川県の花崗岩を使ったことが縁で、同地にアトリエを構え日本での制作拠点としました。代表作の和紙を使った「Akari」シリーズはここで生み出されました。
<北欧のミッドセンチュリーのデザイナー>
この時期、北欧においても、新技術が可能にした曲線を生かした美しいデザインの数々が生まれました。木の美しさを生かしたものが多いのが、現代の北欧デザインにもつながります。
アルネ・ヤコブセン(デンマーク / 1902-1971 )
デンマークで生まれたアルネ・ヤコブセンは、銀行、ホテル、町役場などを手掛けた建築家ですが、椅子のデザイナーとしても名作を生み出しました。シンプルでありながら個性あるかたちが特徴で、同時に機能性も併せ持つ優れたデザインの椅子です。
代表作である「セブンチェア」や「アントチェア」は、現在でもさまざまな場所で使用されています。また、「スワンチェア」、「ドロップチェア」もミッドセンチュリーを代表するデザインです。
ハンス・J・ウェグナー(デンマーク / 1914-2007)
デンマークで生まれたハンス・J・ウェグナーは芸術学校卒業後、アルネ・ヤコブセンの事務所に所属した後独立しました。彼が生涯にデザインした椅子の数は500種類以上と言われています。
ウェグナーの「Yチェア」は世界で最も売れた椅子のひとつであり、日本でも今なお高い人気を誇っています。そのデザインの元となった言われる「チャイニーズチェア」をはじめ、「ピーコックチェア」、「ヴァレット・チェア」、「スリーレッグド・シェルチェア」、「サークルチェア」と数々の名作椅子を生み出したウェグナーは、「椅子の巨匠」と呼ばれました。
20世紀のデザインに多大な貢献をしたウェグナーは、北欧のデザイナーに送られるルニングプライズなどさまざまな賞を受賞し、デンマーク女王からはナイトの称号を授与されました。
ウェグナーの作品は、ニューヨーク近代美術館をはじめとする世界中の美術館に所蔵されています。
ベルナール・パントン(デンマーク / 1926–1998)
デンマークで生まれたパントンは建築を学び、アルネ・ヤコブセンのアシスタントとして働き、「アントチェア」の開発にも携わりました。
独立後に制作した「パントンチェア」は当時の新技術FRPによる世界初の一体成型の椅子です。そのユニークな形状も含め、非常にミッドセンチュリーらしいデザインの作品です。
その他の北欧のミッドセンチュリーのデザイナー
その他この時期に活躍した北欧のデザイナーとしては、ポール・ヘニングセン(デンマーク / 1894–1967)、アルヴァ・アアルト(フィンランド / 1898-1976)、ブルーノ・マットソン(スウェーデン / 1907-1988)、ポール・ケアホルム(デンマーク / 1929-1980)の名をあげておきたいと思います。
<日本のミッドセンチュリーのデザイナー>
数としては多くはありませんが、ここ日本においても戦後の復興の中で、モダンデザインが生まれる時代の息吹がありました。新しい技術や新素材を積極的に取り入れていこうとした当時のデザイナーたちの意欲が感じられます。
剣持勇(日本 / 1912-1971)
第二次世界大戦後にアメリカを視察した剣持勇は、イームズ夫妻やジョージ・ネルソンらと出会い、帰国後は日本独自のモダンデザインを提唱しました。渡辺力、柳宗理、長大作らと並ぶ、日本におけるモダンデザインの創始者の一人です。
代表作の一つ「ラウンジチェア」は、日本の家具としては初めてニューヨーク近代美術館の永久コレクションに選定されました。機能性を兼ね備えた「スタッキングスツール」は、現在も販売されるロングセラーの椅子であり、籐素材を使用した丸い形が特徴の「ラタンチェア」は日本のミッドセンチュリーの顔とも言えるデザインでしょう。
その他の日本のミッドセンチュリーのデザイナー
その他この時期の日本のデザイナーとしては、柳宗理(日本 / 1915-2011)、渡辺力(日本 / 1911-2013)、長大作(日本 / 1921-2014年)などがあげられます。
<ヨーロッパのミッドセンチュリーのデザイナー>
ヨーロッパにおいても、やはりこの時期、ミッドセンチュリー・モダンの流れに乗ったデザインの誕生がありました。その中にも、ドイツの機能性、イタリアの遊び心など、現在にも通じる特徴的なことが読み取れるのが興味深いところです。
エゴン・アイアーマン(ドイツ / 1904-1970)
エゴン・アイアーマンは戦後ドイツにおけるモダニズム建築の第一人者として知られる建築家です。ヴィルヘルム記念教会、ワシントンのドイツ領事館、ドイツIBM本社ビル等が有名です。
建築の他に家具などのプロダクトもデザインしたアイアーマンですが、代表作「アイアーマンテーブル」は、自身のオフィス用に制作されたもので、そのそぎ落とされたシンプルさと機能性にモダニズム建築の真髄を見て取ることができます。エキシビション用に制作された「アイアーマンシェルフ」も、2本のポールに棚板を組み合わせるなデザインが特徴です。ニューヨーク近代美術館のアワードを受賞した折り畳み式のチェア「SE18」にも合板が使われ、ミッドセンチュリー期らしいデザインとなっています。
アッキレ・カスティリオーニ(イタリア / 1918 - 2002)
ミラノで生まれたアッキレ・カスティリオーニは建築を学び、彼もまたその枠に留まらず家具など幅広い分野のデザインを手がけたデザイナーの一人です。
代表作のランプ「アルコ」は、大きな弧を描く曲線を生かしたデザインが特徴で、ミッドセンチュリーを代表する照明器具です。
<ミッドセンチュリー・モダンの魅力>
さて、今回ミッドセンチュリー・モダンを代表する主なデザイナーたちをご紹介致しましたが、彼らの多方面における活躍ぶりと精力的なデザイン活動には目を見張るものがあります。戦後という時期において、新しく生み出された素材と復興への高揚感というものも大きく作用したのでしょうか。このような時代背景もあり、デザイン史上重要な作品が多く生み出されました。一見すると個性的な印象もあるミッドセンチュリー・デザインですが、優れたデザインというものには普遍性があります。今のインテリアに上手く取り入れることで、また新たな発見があるかもしれません。